始まり

 修行先は北海道にあるお店でした。

理由は、北海道のラーメンを日本で啓蒙するためです。

「事業を興し自存自立を実践しよう」という仲間との共同計画で、その店は仲間が選んだものでした。

 

この時点での失敗○

・自分で選んでない→他人に命運を任せる事と同義

・仲間との起業→相手が潰れたら、自分に全部がのしかかる。逆も然り

・動機が曖昧→終わりを予想してない。     

何をしたか

 修行先では「実際の職場で業務を通して行う教育訓練」つまりOJTです。

修行=労働賃金貰いますか?

私は日当7000円貰ってました、「開店前の買い出しから閉店作業迄」約15時間くらいです。

人により「修行だからお金は貰えない、一人前じゃないから」と考える人もいるでしょう。

修行って都合の良い言葉です。

あと、この店出身で店をやってる人が、他府県に3人居る事がわかりました。

そんな日々が過ぎます、一見呑気そうですがやっている時は大変です。

私の出来が悪かったのか、教える人達が悪かったのか、その両方か(笑)丁寧な指導も段々とキツくなるのです。

お客さんが居てもお構いなしに罵声、寝るのが幸せでした。

仲間には、必要な道具から店舗レイアウト等必要と思われる事項はどんどん情報送ってました。

でも、なんか変です。

向こうも生活あるので、返信が遅いのは理解できますが、誰も突っ込んで聞いて来ないのです。

この時点での失敗○

・必要な確認を取ってない→目の当たりで気づく遅さ

・疑いの目を持ってない→考えることの放棄

​出来事

 梯子を外されました、仲間に。

正確には「とにかく戻って来い」というものでした。

 

顛末はこうです。

金が無いと出資者が言いだしました。

それは、仲間であり塾長の河本(仮名)です。

理由は「娘婿の借金返済に当てた」です。

他の仲間の一人、修行先との間を取り持った宮本(仮名)が北海道まで来ました。

面子もあるし、修行先との接点がありますから、逃げるわけには行きません。

元々の計画は「3ヶ月でノウハウ学び、戻って創る」シンプルでしょ(笑)

どうしてこうなった?ですが、真実は分かりません。

仲間と決別し、自分で当初の目標を一人でやり切る事にしたからです。

塾長の河本はどっちだったのでしょうか。。

「本当に金を使ったかも知れない」「修行先との関係を解消したくて嘘ついたかも知れない」

そうだとして、私に黙ってたのは「私が忠実か試す目的もあった?」

どっちでもよいですが、理解しました「素晴らしい思想で結びついた人も、例外なく人を騙す」です。

この時点での失敗○

・人は人→疑うのも危機管理の一つ

・終わりの一つがきた→想定してなかった

​再開

 孤独感、俺何してるんだろうといった思考に陥りました。

普通そうなります。

きっと、誰でもです。

2日休みをもらい、気持ちの整理をつける事ができました。

再開後も仕事の事で怒られましたが、少しは吹っ切れたんでしょうね。

あまり気にしなくなってたと思います。

断つ事を決めた、意地か実利か?私の場合、意地をとりました(笑)

ここで、修行先のラーメン屋グループは道内に店舗展開をしていきました。

南へ100キロほどの地域で1店舗、出店方法=「修行先の親父の勘」です。

3.5万人の地方都市、過疎地です。

初月売り上げ300万、まあここから落ちるんですけどね。

更に出店します。

今度は北に120キロ!しかも、「人居ないからお前やってみろ」と言われたのです。

○この時点での失敗○

・意地を取った→実利を取って内地へ逃げ戻っても良かった

​修行の終わり

 「北へ120キロ」の新店舗はなんと!7日間で完成させました。

正確には、鯛焼き屋の居抜きを改装しました。

正直なところ、色々凄かったのです。

超安上がり・超手抜き工事、施主も・施工側もそれで「オッケー」ですから問題ありません。

確か、総額200万くらいです。

木造20坪の路面店・2階が賃貸アパート駐車場7台付き・家賃4万円!人口4.3万人の過疎地です。

私の知らない初めての土地でしたが、積雪量の凄さはわかりました。

道路上の雪を路肩や空き地に積み上げます、それが3メートルくらいになっているのです。

すごい所に来たもんだと感じました。

ここで、私は1年3ヶ月過ごす事になりました。

最初の住処は店内で、レジ金10万円を渡されました。

早速私が最初にした事は、近くの電話ボックスからイエローページを入手し、携帯電話で仕入先を探しました。

なかなか武勇伝らしい話ですよね。

すべて「マジな話」です。

最初、元鯛焼き屋のアルバイトにきてもらいましたが、駄目でした。

その後きてくれたのは、取引先の娘さんでした。

その後も、色んな人とのつながりが拡がっていきました。

人って温かいと思いました、兄弟子も片道120キロを飛ばして駆け付けてくれたり、色んな方の応援を頂きました。

「わらしべ長者」的な体験もしました。

徒歩40分で入金してたATMも、通販購入した自転車で15分程になり、ついには​修行先の親父が車を貸してくれました。

車でその土地を走ると、征服した感じになるのはどうしてでしょうか(笑)

移動手段を「徒歩から車に格上げ」出世した感有りますよね。

​この頃には、すぐ裏手にあるアパートに住処を移しています。

順調に推移し、月商180万〜200万の壁が有りましたが、それも抜けて日販10万円を超えるようになって来ました。

「月商370万」8ヶ月目くらいです。

ここで、大きな節目の達成と「修行をどこであがるか?」というのがあります。

今後、私にとって「ここの看板で」商売していきますから、修業先との関係を保つ事はとても大事です。

​関係性を保ちつつ修行先を抜ける。

でも、修行先からすれば現状維持で「私がこの店の面倒を見てくれるのが楽」なのです。

この時点での失敗○

・マンパワーで売上を伸ばす→誰がやっても可能な再現性の無さ

・求められる人になった→縛られる事になった

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©2019 こうして私はラーメン屋を失敗した、